朝日新聞 記者1

朝日新聞 記者1 佐藤直子さん 上智大学卒

 
 思えば4年前、内定の電話をもらった瞬間、一気にゴールテープを切ったような達成感に胸が躍った。が今振り返ると、本当は長い長いマラソンのスタートラインに並んだだけだった。

 私の記者生活は、東北のある支局で始まった。新人記者が、まず経験するのは警察担当。県内で起きる事件、事故すべてが取材対象だ。

 
 「サツ担当」はいつも、県警本部内にある記者クラブ室に詰めている。中にはマスコミ各社用のブースがウナギの寝床のように並んでいる。はっきり言って汚い。タバコのにおい、いつ洗ったか分からないような毛布。最初は面食らったが、いつの間にか居心地がよくなるから不思議だ。ここが取材の基地になる。電話をしたり、原稿を書いたり。何か起きると、県警の担当者から発表資料が配布される。殺人などの大事件の場合は、よくテレビで見るような記者会見が開かれるのだが、 大事件なんてめったに起きないから地道な作業がほとんどだ。

 
 普段は一日に数回、県内の各警察署や、海上保安部などに「何か変わりはないですか」と、警戒電話(略して警電)をかけるのが第一の仕事。たいていは「何もないよ。そっちは天気どう?」なんて、世間話の相手をする。最初は「事件があった方がいいのか!」と怒鳴られたり、「ご期待に添えなくてすいませんね」なんて嫌みを言われたり、となかなか苦労するのだが、毎日かけていると、こちらのことを覚えてもらえて、電話をするのが楽しくなる。

 
 さらに、町中を走る救急車や消防車のサイレンが聞こえたら、消防本部に電話だ。これが簡単そうで、難しい。今まで、サイレンなんて気にしない生活をしてきたのだから、ついつい聞き逃してしまう。支局で先輩に「サイレン!」と怒鳴られて、急いで受話器を取ることが何度も続く。一時は「サイレンノイローゼ」になってしまい、トイレの音がサイレンに聞こえたり、夢の中でもサイレンが鳴ったり。県警記者クラブでサイレンが聞こえて、各社の新人がいっせいに消防本部に電話をかけたら、実はテレビの刑事ドラマだったなんていうトホホなこともあった。

穴に落ちてもカメラは守れ!

 さて、いざ事故や火事が起きれば現場に向かう。これは競争だ。「交通事故!」というキャップの声がスタートの合図。いかついカメラをひっつかみ、県警本部の階段を駆け下りて、猛ダッシュだ。現場につくと、腕章をつけて警察官に「お疲れさまです」とあいさつしながら、まず写真。ぐちゃぐちゃになった自転車や倒れた電柱、血の跡が見える地面。でも、目をそらすわけにはいかない。必死でシャッターを押す。火事現場では炎を撮るため、やじ馬をかき分けて前に飛び出す。消火のホースで全身濡れる。それでもシャッターは押し続ける。もう無我夢中だ。

 これだけなら「かっこいい記者」となるかもしれない。でも現実は甘くない。必死な分、信じられないような失敗もしてしまうのだ。記者になりたてのころ、夜中の交通事故現場に行った。真っ暗な県道での死亡事故。初めての死亡事故だったので、ものすごく緊張した。手に汗をかきながら、現場を駆け回り、「あぶねえ!」と制止する警察官に謝りながら、それでも少しでも「伝わる写真」を撮りたいと、道路脇を走ったそのとき! ズボッ。なんと、大きな穴にすっぽり落ちてしまったのだ。近くで見ていた人が「姿が消えた」と駆け寄り、助けてもらう。顔から火が出るほど恥ずかしかった。救いだったのは全身泥だらけでも、カメラはしっかり抱えて守ったことだろうか。

 
 郊外の小学校にクマが出た、と聞けば駆けつけ、クマを追いかけて、「死にてえのか!!」と仲良しの刑事さんに真顔で怒鳴られたり、やっと潜り込んだ現場で写真を撮ろうとしたら、フィルムが入っていなかったり、失敗自慢(?)はつきない。本当に、お恥ずかしい限りだが、転んでも、ただでは起きないのが私。失敗談をネタに、警察官を笑わせ、しっかり仲良くなった。記者には根性と愛嬌さえあれば大丈夫!

初めてのガッツポーズ

 失敗ばかりの毎日だったが、うれしかったこともある。地元の実力者が背任罪で逮捕された事件があった。各社の記者が警察署に詰めかけ、取材しようとしたが、なかなか話してもらえない。特に「容疑を認めているのかどうか」が分からない。記事には絶対必要なデータだ。一人、また一人と他社があきらめて帰っていく。でも私は、デスクに「(認否が)取れるまで帰ってくるな!」と言われて帰れない。途方に暮れて、署の廊下をとぼとぼ歩いていたとき、事件とはまったく関係ない課の課長が「部屋飲み」に誘ってくれた。

 「部屋飲み」とは、刑事さんたちが夜、それぞれの部署でやる飲み会だ。もちろん内輪の飲み会だから、記者はめったに入れない。「とれたてのじゃがいもがあるから、食べていけば」と課長。何も事件がないときでも、いつも署に通っておしゃべりしていた人だった。「捨てる神あれば拾う神あり」と感動しながら、課長に「実は今、○○容疑者の認否がとれなくて」と、何げなく愚痴った。「そうか、そうか」とうなずく課長。そして、会がお開きになったときのことだ。課長は、ほかの刑事さんに見えないように、一枚の紙きれを私に渡してくれた。そこには「一部否認」という走り書きが……。

 「やった!」と踊る心を抑えて、素知らぬ顔で駐車場に走り、携帯電話で支局に連絡した。「確かなのか」とのデスクの言葉に「大丈夫です!」と答え、小さくガッツポーズ。翌朝、認否についてふれていたのはうちの紙面だけだったと思う。

 
 この一件で、私は記者として大事なことを学んだ。それは、「無駄なことは何一つない」ということだ。刑事さんとの世間話。現場での失敗の数々。毎晩「何もないから来るな」と言われながら、めげずに通った「夜回り(刑事さんの自宅を訪ねること)」が、いつか実になるんだと思った。生かすも殺すも自分次第だ。

野球はドラマだ

 「サツ担当」から離れた私は、まず「高校野球担当」になった。高校野球の大会を新聞社が主催していることもあって、野球取材は新聞記者の修行コースの一つになっている。野球が好きか嫌いか、知っているかどうかはほとんど関係ない。私もだいたいのルールは知っていたけれど、ほとんど興味がない世界だった。細かいスコアをつけることからはじめ、写真の撮り方、選手の取材まで、膨大な作業を一人で全部やらなくてはいけない。

 試合後、泣きじゃくる選手をつかまえて、質問をしなくてはいけない厳しさ。その瞬間を逃したら二度とその写真は撮れないんだ、という緊張感。最初は分からないことだらけ、叱られてばかりで、毎晩泣いていた。それでも、日に焼けるころには、選手と一緒に笑ったり泣いたり、すっかりのめり込んでいた。

 野球の試合は、ドラマだ。記者は、一つの試合の中でどこが山場かを見極めて原稿を書く。これはどんな取材にも通じることで、「何がドラマか、何がニュースか」を瞬時に見つけて、そこを生かす取材をする勉強になった。記者をめざす人はぜひ一度、スポーツの試合をそんな目で見てみてはどうだろう。「自分だったらどこにスポットをあてるか。試合後、だれにどんな質問をしたいだろうか。そう思うと、日常のいろんなものが、違って見えてくるかもしれない。

家出と間違えられても

 その後も今日までいろんな取材を経験した。選挙や裁判、教育問題や遺跡発掘の取材…。たくさんの人に会った、いろんな場所に行った。月並みな言い方だが、みんな自分の財産になっていると思う。

 が、記者生活はしんどい。入社前、知り合いの記者さんたちから「いかに大変か」をいやってほど聞いていた私でも、「話が違う!」と文句がつきないほどだ。休みはほとんどない。たとえたまに休みをもらっても、何か大事が起きれば携帯電話にすべてをぶち壊しにされる。いつの間にか身についたインタビュー魂(?)が、プライベートでも発揮されてしまい、鋭い質問をして友達にびっくりされることもたびたびだ。

 特に女性は大変だ。スカートははけなくなる。はいてもいいけど、きっと大変になってやめてしまうだろう。支局のソファで寝ることもしばしばだ。汚いけれど、お風呂に入れないことも多い。荷物は重い。パソコンやカメラを担いで歩く。私なんか、大きいリュックを背負って夜中の警察署に寄ったら、「どうしましたか」と家出少女に間違えられたことまである。食事は不規則だし、恋人とのデートも…(涙)。

 
 つまり「覚悟がいる」仕事だ。何でもやってやろう、何でも見てやろう、という根性がなくては、きっと続けられない。よく「○○の記事が書きたい」と強い目的を持っている記者志望者(か、新人記者)に会うけれど、もちろん問題意識は大事だが、ごらんの通り、記者修行は、好きだろうと嫌いだろうと、何でもやらなくてはいけないことを覚悟してほしい。いつか書く「自分のテーマ」を見つける旅は、何年も続くのだ。私も、まだテーマを探っている真っ最中だ。食わず嫌いは許されない。そのなかから、本当の問題意識が育っていく。

 私も学生のころは、自分の主張をただふりかざしていただけだったような気がする。結果は惨敗。今の会社には、会ってすらもらえなかった。それが悔しくて親を拝み倒して再挑戦した。そのときは、「自分のこだわりはあります。でも、何でもやります!」と胸を張ってみせた。会社はそのときの能力や知識をみたいんじゃない、と気づいたからだ。その学生の「可能性」を見極めようとしている。だから、自分を飾ったり、作った自分を見せたりするのは損だ。たとえそれで入社しても、自分も、会社も不幸になる。最初から、ありのままの自分を見せて、それで判断してもらうことをおすすめしたい。もしもだめでも、それは自分を否定されたのではない。その会社が求めているものと違っただけだと考えよう。

おわりに

 私は、記者として必要な条件は、「人と会うのが嫌いじゃないこと」 ただ一つだと思う。あとは、いろんな人がいていい…というよりも、いろんな人がいなくてはいけない職業だ。新聞を読むさまざまな人の心に訴えかけるには、同じようにさまざまな人間が記事を書かなくてはいけないはずだ。

 「自分は向いていないのかな」と迷うこともある。でもそんなとき「私みたいな落ちこぼれの記者がいたっていい。その方が新聞はおもしろいんだ」と自分を励ます。記者に向いているのか迷っている人も、多いかもしれない。でも、あなたにしかない感性が、読者の心を震わせることがある。

 一緒におもしろい新聞を作りましょう。心強い後輩たちを、お待ちしています。

powered by Quick Homepage Maker 4.91
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional