毎日新聞 記者

毎日新聞 記者 鈴木敬子さん 法政大学卒

 
 思えば、あの日が、本当の意味での就職活動のスタートだったかもしれない。

 
 3月末、周囲が卒業式のお祝いムードに浸っていた日のこと。中学生の頃から漠然と憧れていたテレビ局に、書類選考で落ちてしまった。1週間、涙が止まらなかった。大事な時期であるはずの4月を棒に振った。就職活動に身が入らなかった。5月のゴールデンウィーク明け、「このままではいけない」と思い、手当たり次第、あらゆる業界を受けた。メーカー、人材、生保・損保、ベンチャー企業、財団法人……。その傍ら、地方局も回った。疲労も重なって、完全に自分を見失っていた。

 一般企業から内定をいただき、気持ちが安定してきた6月。心惹かれる企業は数多くあり、そこで働く自分の姿も想像できた。だが、どうもしっくりしない。「結局、自分のやりたいことは何なのだろう。そして、それがベストな形で実現できそうな場所はどこなのだろう」。改めて、この問いにぶつかった。それまでにも、さんざん考えてきたつもりだったが、つかめていなかった。先生に何度も相談した。どんな時も、先生は辛抱強く耳を傾け、アドバイスしてくださった。そして、やっとわかった。自分が本当になりたいのは、新聞記者だと。

 7月から8月にかけては、CTAの先輩がいらっしゃる新聞社の支局でアルバイトさせていただきながら、秋採用試験を目指した。まずは、筆記試験を通過すること。勉強が大の苦手な私は、高校の時の「政治・経済」の教科書や資料集、用語集を引っ張り出して、一から学んだ。また、国際問題を理解するために、世界地図を広げ、その地で起きた事件や関連事項をノートにまとめていった。時事問題の基礎の基礎を理解するために、東京新聞の日曜版に折り込まれている「世界と日本 大図解シリーズ」やNHKの「週刊こどもニュース」を活用した。

 時々、秋採用を目指す仲間と集まり、作文を書いては回し読みして、良いところも悪いところも指摘し合った。

 弱気になることも多かったが、後悔だけはしたくなかった。面接は、前のめりになって面接官の目を見据え、ひたすら熱意を伝え続けた。「どうしても新聞記者になりたい」その一心で、秋採用試験を突っ走っていたように思う。

 私の就職活動をひと言で表すならば、「紆余曲折」

 あらゆる業界を受験し、あっちこっちにぶつかっては泣いて……の繰り返しだった。就職活動中は「つらい」としか思えなかったが、今振り返れば、私にとって必要な時間だったのだと思う。

 私が受けた企業数は、53社だった。選考には参加しなかったが、説明会に足を運んだり、OB・OG訪問させていただいたりした企業を加えると、就職活動中に接触した企業は、実に80社に及ぶ。

 
 決しておすすめはできないけれど、私は一般企業もたくさん受験した分、出会いは多かった。「新聞社の秋採用を目指したいので」と辞退に伺った企業からは、「私たちは鈴木さんを応援したい」と言っていただき、涙が出た。この企業には、新聞社から内定をいただいた後、報告に伺った。心から喜んでくださった。この縁は、これからもきっとつながっていくだろう。

 私にとって就職活動は、社会の中に、自分の味方、もしくは自分の師を増やしていくようなものだったのかもしれない。家族や友人の他に、社会人として働き始めた時、指南役となってくれる存在に出会う旅のようなものだった。こうして就職活動中にできた、一つ一つの人とのつながりこそ、大切にしたい。

 最後に、たとえ時間はかかっても、いつかは行き着くべきところ(会社)に行き着くのだと思う。紆余曲折は、あって当たり前。話が大きすぎるかもしれないが、だから人生はおもしろいのかもしれない。そんな大らかさを知っただけでも、就職活動は私をちょっと大人にさせてくれたと思う。

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